本物のハンドソーンウェルテッド製法で、作っていた靴屋
”GINZAトップシューズ”
新しい挑戦!
日本の靴は、死んでいません。
本物靴を紹介したい。
背の高くなる靴のキャッチコピーを覚えていますか!
アイデア商品だと思ってませんか。
本物靴を作っていた”銀座トップシューズ”です。
この話は、実話です。
1946年 市川製靴として創業
太平洋戦争が終結し、新しい日本として動き出したころ、太平洋を往来する船中心に船員さんを相手に靴を販売しておありました。(沖売りとゆう商売)小型船で、大型船舶に横につけて、販売をしておりましたが、現在、この商売は、なくなったと聞いております。
1962年 スリースター商会と社名を変更し、”背の高くなる靴”本物のハンドソーンウェルテッド製法で、販売が始まり、キャッチフレーズが、週刊プレイボーイ・平凡パンチ・F6セブン・ベースボールマガジンの広告で、有名になりました。
1978年 良い靴の実績が認められ、銀座に店舗を構えました。
東京都中央区銀座2−2先 銀座INZ 東館 1階に店舗を構え、銀座トップシューズ”として、営業が始まります。
・ハンドソーンウェルテッド製法
・マッケイ製法
・セメント製法(合成底)
3年後に、ビスホークの(注文靴)販売を始めました。木型制作からの完全な靴をお届け出来ることになりました。
このころには、ハンドソーンウェルテッド製法の靴が、だんだん少なくなる中、手縫いに拘った靴を中心に販売を行っていました。
銀座では、24年間営業を致して居りました。
閉店の理由が、あります。
2002年 銀座トップシュースの閉店の理由は、ハンドソーンウェルテッド製法の出来る職人が、高齢になり作ることが出来なり、仕方なく閉店の道を選びました。
日本の製造メーカー・イタリア製造メーカーとの制作の道も、さがしましたが、先代の社長の目に叶う靴が、出来ないため、閉店にすることになりました。閉店後、お客様には、注文後6ヶ月後に納品する事態になりなりましたが、納期遅れでも、文句ひとつ無く、感謝しております。
2008年に復活プロジェクトチームを発足致しましたが、閉店時より製造メーカーを見つけることが、出来ず、困りました。
予断にはなりますが、8年のブランクは、私にとって日本靴にショックを受けました。
日本の生きる道は、大量生産の靴を作ることですか?
違うのではないかと自問自答をしました。
今回、日本でできる最高に近づく靴を作ることを決心致しました。
ハンドソーンウェルテッド製法の靴を出来るまで頑張ることにしました。